たにぞうのブログ

エロゲについて書いていきます。たまに他のことも書くかも。

【ネタバレあり】『ネコっかわいがり!〜クレインイヌネコ病院診療中〜』感想

1 はじめに

 たにぞうです。本当にお久しぶりです。ネタバレはなるべくなしという方針がどれだけ記事の内容の幅を狭めるのかろくに考えずにブログを開設したあの頃の自分を殴り倒したい気分でいっぱいな今日この頃です。

 今回の記事は、タイトル通り、2006年2月24日に13cmから発売されたエロゲ『ネコっかわいがり!〜クレインイヌネコ病院診療中〜』(以下『ネコっかわいがり!』)およびその後日談である『WHAT A WONDERFUL WORLD』、そしてさらに後の話である『souvenir』の内容を前提としているため、一つでも触れていないものがある場合はブラウザバックか、あるいは下のリンクから読むことを推奨します。

www.pixiv.net

 

2 方針

 本題に入りますが、全体的にどう捉えるべきかという問題においてこの作品は、プレイ前とプレイ後で印象が大きく変わるタイプであるように感じます。確かに物語の終盤にかけては重い展開も多く、初見では鬱ゲーという安易な表現に基づいた印象が先に立ちやすいでしょう。しかし、実際にはただ暗いだけの作品ではなく、日常の積み重ねや人と人とのつながり、そしてその先にある継承の感覚を描いています。

 そのため、本作を語るうえでは、単に鬱というだけで済ませるのではなく、むしろ、どのようにして日常が形づくられ、その日常がなぜ意味を持つのか、そしてその意味が終盤でどう反転するのかを追うことが重要だと感じています。加えて、本作は特定の古典作品を下敷きにしていることが示唆されており、その対応関係を踏まえることで、物語の見え方はさらに変わってきます。

 今回はそうした点を踏まえつつ、『ネコっかわいがり!』という作品が持つ、目を向けられづらい側面を中心に感想を書いていきます。

 

3 感想

 『ネコっかわいがり!』は、一見するとケモ耳世界の診療所を舞台にした甘く淫靡な日常劇と、隠された真実によるその崩壊の物語に見えます。ですが、全体を通して読むと、その構造はむしろ、失われることを前提にした共同体の形成と継承の物語として立ち上がってきます。エンドロールで示される『幸福な王子』は、その構造を読み解くための重要な鍵です。しかし本作は、単に王子とツバメの関係をなぞるのではなく、奉仕や犠牲の意味をずらし、なぜ世界を守るのか、なぜ守りたいのかという問いへと接続しています。

 まず注目すべきなのは、本作には『幸福な王子』のイメージがかなり丁寧に、工夫を凝らしながら散りばめられている点です。『幸福な王子』では、王子は高いところから世界を見つめ、ツバメは彼の願いを引き受ける存在として描かれます。これに対して『ネコっかわいがり!』では、王子に相当する役割をジャック、ツバメに相当する役割をアリスが担っていると読めますが、作品はその対応を単純に自己犠牲的な英雄譚としては処理しません。むしろアリスの内面や関係性に厚みを与えることで、奉仕する側の感情を前景化しています。

 そして重要なのは、本作の真髄が奉仕そのものよりも、何のために世界を守るのかという問いにあることです。ジャックは作中で奉仕の論理をそのまま引き受ける人物ではなく、むしろそれを明確に否定しています。しかし、優作の行動を見ていくと、奉仕の精神に基づいたものと捉えるのは自然なことです。では何が違うのかと考えていくと、彼の過去から現在までの行動原理に重要なヒントが隠れていることが見えてきます。

 優作は回想で「自分がやるしかない」と言うように、世界を救うことを義務としてとらえていました。では、彼はなぜ世界を救わなければならないと考えていたのか。それは、やはりアリスの存在が大きいでしょう。当時の状況としては、ほかの適合者を見つけるのは現実的ではなく、世界を救うことは優作自身の死を意味します。それを受け入れた優作は、私情はあれど平等に街≒人々というぼやけた対象を救う王子とは異なり、ツバメ≒世界≒アリスという図式で結果的にはわがままですべてを救う滑稽なヒーローであるという風にとらえることができます。

 この決断の結果として優作は記憶を失い、ジャックとして新たな、短い生を歩むことになります。この、ジャックとして生きた時間こそが、彼の変わらぬ行動に重要な意味を与えるものだったと私は考えています。その意味とは、簡単に言ってしまえば継承です。

 この継承というテーマを、ジャックは診療所での生活で獲得していきます。ジャックは特にノーマとフェイの二人から強く影響を受けているため、その二人がどのようにジャックに影響を与えたのか考えていきます。

 ノーマは人間時代、湯浅博士に憧れを持っていましたが、彼女が彼にその思いを告げることはなく、彼は感染者の襲撃で死亡します。この時に、彼女にとっての世界は一番大切な人がいない場所になります。これは本編後のアリスにとっての世界と重なります。そんな世界でアリスが何を考え、どのような行動をとるのかは後に触れます。

 では、ノーマはどのように生きることを選択したのか。それは、世界を救うというものです。この選択には湯浅博士の死も多分にかかわっていると考えるのが自然ですが、病気に対する憎悪の描写の少なさや、ミケズへの態度などから、彼女の目的である世界の救済の本質は、少なくとも本編開始時点には復讐ではない何かもう少しポジティブなものであると感じられます。

 ここをもう少し掘り下げる場合、共通ルートと個別ルートの描写を振り返る必要が出てきます。共通ルート時点でのノーマの暮らしは一番大切な人がいないものですが、彼女はある程度それを楽しんでいるように読み取れます。しかし、個別ルートで彼女は自らの寿命がもう長くないことをジャックに告白し、それに抵抗することを唱えるジャックへの返答として「もう少しあきらめを悪くしてもいいかも」というような発言をします(はっきりと覚えていないため、再プレイ時に修正します)。

 この流れからは、ノーマの人生、あるいはネコ生は喪失の延長線上にあったということがわかります。そんな彼女が生き続けた最大の理由は、考えるまでもなくミケズの存在でしょう。双子は湯浅教授の忘れ形見であり、そんな子たちを守らなければという強い意志が彼女をぎりぎりで立たせていたのでしょう。

 しかし、トゥルールートでノーマは暴走したウミを猟銃で殺害します。その理由は、ウミの生命の価値よりフェイのそれのほうが高いという、きわめて合理的で冷酷なものでした。一番大切な人であった湯浅教授はもうこの世にはおらず、その忘れ形見とともに穏やかに死へと向かっていた彼女にウミを殺させたのは一体何だったのでしょうか。

 これを私は、継承への意志だったと考えています。湯浅博士の人物像は本編ではほとんど描かれていませんが、人類を救おうとしていたのは間違いないでしょう。その意思をノーマは受け継ぎ、そしてジャックとアリスへ託します。

 なぜ彼女が継承に価値を感じるようになったのかは、ミケズの成長から読み取れます。彼女は双子を自らの子供のようなものとして溺愛しており、また、彼女たちが持っていて自分が持っていない正直さをうらやましいと発言しています。つまり、成長した双子はノーマの世界にない価値を新たに生み出しているということになります。それにノーマは希望を見出し、世界を救っていろいろなものを後につなげていこうという意思を確固たるものへと転化させたのだと考えられます。

 その結果としてノーマはウミを殺さなければいけなくなるわけですが、アリスを除いてこの先長く生きられる望みは薄かったとしても、希望のために希望を持つきっかけとなった、それも我が子のようにかわいがっていたウミを殺すというのは非常に皮肉な話です。

 ウミが死んだのちにはノーマも衰弱が進み、死に至るわけですが、彼女の死に顔は眠るようなものだったとジャックのモノローグにあります。これはツバメの最後に重ねることができ、湯浅博士という王子のツバメとして飛び回った彼女の波乱万丈の生はここで終わりを迎えることとなります。

 フェイがジャックの最終的な決断に与えた影響も決して小さくはありません。フェイは、ジャックにとって単なる患者同士あるいは助手と患者という関係の相手ではなく、誰かを大切にすることがそのまま責任を引き受けることなのだと教える存在でした。彼女の強い感情や執着に向き合う中で、ジャックは、他者と関わることが自分の行動に重みを持たせるのだということを少しずつ理解していったように思えます。

 その経験があったからこそ、ジャックにとって世界を救うという行為は、単に正しいから選ぶものではなく、フェイのような誰かの未来や時間を守るために、自分の死を引き受けるべきものへと変化したのではないでしょうか。フェイとの関係は、ジャックにとって「自分が消えることで誰かが生きる」という選択を、空論ではなく手触りのある現実として理解させる契機だったと言えるでしょう。

 また、フェイはトゥルールートで適応者として命を落としますが、その際にジャックにこのような言葉を残しています。

 

「あたし…今…すごく怖い」

「でも…少しだけうれしいんだ」

「あたし、これまでいつもいつも…この世界の中で自分がいらないんじゃないかって不安だった」

「これってさ…あたしだけの個性的な悩みなんかじゃなくって…誰だって同じように悩むと思うんだ」

「何千何万の同じ悩みの人がいる中で…あたしはその不安を消してもらえる」

「だって…あたしが…あたしの命が…世界を…救う」

「あたし…必要だよね?」

(『ネコっかわいがり!〜クレインイヌネコ病院診療中〜』トゥルールート the 7th day より)

 

 ジャックはこの言葉に「当たり前だ」と返し、もしこの世にこんな理不尽な悲劇が起こらなくともフェイは必要だと考えます。

 このやり取りを通してジャックは、世界を救うという行為が、抽象的な大義のために命を差し出すことではなく、目の前の誰かが「必要だ」と思えるだけの重さを持った存在であることを引き受けることなのだと改めて実感したのではないでしょうか。フェイの言葉に対して「当たり前だ」と応じることができたのは、ジャック自身がすでに、相手の不安や生の実感を丸ごと受け止める側へ立っていたからだと思います。
 さらに言えば、この場面はジャックに、自分が消えることで残るものを、ただの結果ではなく、誰かの確かな生として捉えさせる契機にもなっていたように見えます。フェイの命が世界を救うのだとしたら、それは彼女が犠牲になるから価値があるのではなく、もともと彼女が必要な存在だったからこそ、その命とそれが救うもの、そしてそこから生まれるものに意味が生まれるのだということです。ジャックはそのことを、フェイとの関係を通して理解していったのだと思います。

 こうした二人の生きざまを見届けたことで、ジャックは世界を救う意味を、単なる自己犠牲ではなく継承として捉えるようになったのだと感じます。ノーマは、失われたものを抱えながらも、なお双子や診療所の人々へと何かを託し続ける生き方を示しましたし、フェイは、自分の命に本当に意味があるのかと怯えながらも、それでもその命が世界を救うのだと受け止めようとしました。
 この二人の姿を通してジャックが学んだのは、世界を救うとは、誰かの命をただ消費することではなく、誰かが抱えていた不安や願い、そして日常の手触りを次へ渡していくことなのだという実感だったのではないでしょうか。ノーマが示したのは、喪失のあとにも何かを残すことの意味であり、フェイが示したのは、不安を抱えたままでもなお自らの命に意味を見出そうとすることの意味でした。ジャックはその両方を見届けたからこそ、自分が世界を救うことを、抽象的な正義ではなく、継承されていく生の連なりとして引き受けるようになったのだと感じます。

 このような思考の変遷を経て、優作は命を捧げるわけですが、残されたアリスは何を考えたのでしょう。私は、アリスは優作の死をただ悲しむだけではなく、その死をどう世界の側に接続し直すかを考えていたのだと思います。本編と後日談を踏まえると、彼女は優作の犠牲をアリス一人のためのものとして閉じるのではなく、これから生まれてくる命や、日常の継続へと開いていったように見えます。

 本編で優作は、世界を救うことを義務として引き受けながらも、その根底にはアリスの存在がありました。彼は「自分がやるしかない」と言い、自らの命を差し出しますが、それは抽象的な正義ではなく、アリスを含む誰かの未来を守るための決断でした。その決断は、アリスに「なぜ自分のためにそこまでしたのか」という喪失感と同時に、「その選択を無駄にしないために自分は何を残すべきか」という問いを残しました。

この問いへの答えとして印象的な独白を後日談で見ることができます。

 

「これから生まれてくる子供たちもわたしたちのように恋をする。それだけで世界は続く価値がある。そうでしょう、優作?」

(『WHAT A WONDERFUL WORLD』CHAPTER12 “What a wonderful world ”より)

 

 これは優作の死を経たうえで、なお世界を肯定しようとする言葉です。ここでアリスは、世界を救う理由を単純な義務ではなく、恋をする子供が生まれるからという自らが感じた価値の延長に置き換えています。つまり優作の死によって、彼女は世界の価値を失ったのではなく、むしろ日常の延長にある未来の価値を見つけたのだと考えられます。

さらに言えば、アリスにとって優作の死は、喪失であると同時に継承の始まりでもありました。本編でノーマやフェイが示した、誰かの生が次へ渡される感覚を、今度はアリスは自分の側で引き受けることになります。優作が命を捧げたことで、アリスは残された側として、世界を守る責任を、その先の生を肯定することへと変えていったのでしょう。

そのため、前述したノーマの喪失後の生と同じように、アリスが考えていたのは、優作の不在をどう埋めるかではなく、優作がいなくなったあとでも世界を続ける理由は何か、ということだったのだと思います。そしてその答えが、後日談で示される次の世代も恋をするという確信でした。優作の死は大きな痛みですが、その痛みの先に、アリスは世界を続ける根拠を見出したのだと読めます。

 つまり本作は、守るべき世界があるから守るのではなく、守りたいと思える世界が日常の中で立ち上がってくる、だからこそ守る、という順序で組み立てられているというように読むことができます。

 この点で、散々触れてはいますが、日常パートは単なるサービスシーンの連続ではなく、終盤の意味づけを支える基礎になっていると言えます。患者とのやり取り、雑多な共同生活、何気ない情の往復が積み重なることで、プレイヤーはこの場所にある生活の価値を実感します。その積み重ねがあるからこそ、世界を守ることが抽象的な大義ではなく、具体的な顔や手触りを持った願いとして立ち上がります。

 また、後日談は本編の意味をひっくり返す装置というより、むしろ本編で読み取れる主題を補強する念押しとして機能しています。つまり作品は、後日談で初めて成立するのではなく、本編の段階ですでに、喪失を抱えながらも継承されるものという筋道を提示しています。そのうえで後日談が、共同体の広がりやその後の時間を補足することで、テーマをより明確にしているのです。

 一方で、描写不足を感じる部分があるのも事実です。特に、日常パートの中でもう少し生活の喜びそのものにキャラクターたちが思索を巡らせる場面があれば、作品の主題はさらに強く立ち上がったでしょう。ここは明確なウィークポイントであり、作品が書きたいことは明確である一方、そこへ至る過程の描写がやや足りず、結果として読解に少し努力を要する、という評価につながります。つまり本作は分かりにくいですが空虚ではなく、むしろ核心はあるが可視化がやや粗いタイプだと言えます。

 まとめるなら、『ネコっかわいがり!』は、かわいい世界観や淫靡な関係性を入口にしつつ、その奥で「世界を守る理由」を問う作品であるように感じました。『幸福な王子』の引用は単なるオマージュではなく、奉仕・犠牲・継承という主題を再編成するための装置として機能しています。そして日常パートは、その主題を空疎な理念ではなく、共同体への実感へと変えるための土台になっています。分かりにくさは残りますが、少なくとも作品は、書くべきことをちゃんと書いていると言えるでしょう。

 たにぞうでした。 

Pieces/渡り鳥のソムニウム 感想

 たにぞうです。2周目かつ終わった直後に書いているので俺にしては珍しく結構覚えていることが多い。でもブログの書き方忘れたので適当に書きます。面倒だから項目ごとに分けることもしないでこう、まあ、いい感じにね。基本ネタバレはしてないと思いますが、怖い人は見ないでください。

 まず、シナリオはどこかで見たことのあるような天海に終始しているという印象。うまく料理してやれるならそれもいいが、構成や肉付けに関して全体的にレベルが高いかと言われればそうでもない。要所要所で目を見張る部分はあれど、ごちゃごちゃした部分は少なからずというのが正直な印象である。

 個別とTRUEの関係が分かりやすい例として言える。個別の内容ははっきり言ってしょうもないというか共通でできるだろ、アニメなら6話くらいまでで消化できるだろ、という風に感じられるものだったが、TRUEでそれら全ての内容をうまく回収しているのは素直によい構成だと感じた。

 終盤ではいわゆるやさしいせかい、誰もが置いていかれない世界というようなモチーフがシナリオの主軸にあったわけだが(一部それが適用されないキャラもいるが、なるべくネタバレはしないということで一旦置いておく)、そういったコンセプトが際立つ見事な構成と言える。

 親友キャラや個別の内容をしっかりと拾い、そして活かしたTRUEにおけるキャラクターの動かし方はかなり好みだが、プロットをそのままゲームに落としたかのような薄味の描写と種明かし(ギミックの出来からして答え合わせと言った方がいいかもしれないが)が同時に進んでいくのはどうなのかと言わざるをえない。

 種明かしと泣きの両立それ自体不可能ということはないが、今作でそれが成功しているかと聞かれれば頷く人は少ないだろう。さまざまな箇所で地の文が光る作品だという印象が強いため、終盤ではそこを押し出していってくれていればと感じた。

 キャラクターは非常に魅力的だった。だからこそ、個別の内容はもう少しどうにかならなかったのかと思わなくもないが、TRUEでみんな輝いていたからヨシ(よくない)!

 音楽も良かった(小並感)。お気に入りは「見えざる者への子守唄」。作中でも「子守唄」は重要な単語として扱われるが、それを納得させる落ち着いた曲だった。なんも関係ないけど、うたわれ1作目のサブタイトルを感じるよな。

 絵も良かった(バカ)。

 UIは信じられないほど快適だった。今までやったエロゲで一番かもしれない。クイックロードのボタンにカーソルを合わせると5個までデータが出てくるなど、痒いところに手が届く素晴らしい設計だった。

 確かまとめ買い?で今なら実質1000円とかだった気がする。ぜひ買いましょう。

2025/8/15の日記(続かない)

 たにぞうです。寝起き最悪。3時に起きて、二度寝したら5時に起きて、三度寝したら6時に起きた。最近は晋さんの霊言を聞く夢を見ることが多いから、そのせいかもしれない。昨日はhave sexとかそこらへんだった気がする。

 はがないの漫画を一部読み返す。7巻あたりからみるみる絵柄が変わり、9巻にはもうすっかり儚い感じになっていた。変顔の勢いは減るどころかむしろ増していて、いいことだと思った。後で調べてわかったことだが、負けインのコミカライズも担当していて、確かにこの絵柄だなあと思った。

 遅くなったがサイレント・ウィッチのアニメを見る。OPの質アニメ感はマジでなんなの?いや、アニメとして質は良いと思うが、質アニメ枠ではないと思う。これを読んでいる人は大体エロゲオタクだと思うから言うが、大図書館や千のなんとかを思い出すので、悪い気はしない。一旦置いておいて、キャラクターがみんな可愛いから見ていて楽しい。今のところ副会長が好き。他の人の感想がいくつか流れてきたが、アナルが弱そうの一言が人の性格を評する言葉として機能している現状はおかしいと思った。

 朝食の準備をする。母が農薬がどうのと言い出して一瞬思考が止まったが、適当に誤魔化して事なきを得た。肉や魚がなかったので食後にザバスのカフェラテ風味を飲んだが、めちゃくちゃ不味かった。美味しさのハードルが低い味障を自認しているので、珍しいこともあるものだなと思った。

 母の実家に集まることが決まっていたので、先日のキャンプの道具を片付けたり、集まりの準備をしたりする。父が千代の富士と化してしまい、なかなか大変だった。

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 父の運転で母の実家に向かう。一般的には存在が禁止カードなのに親戚の集まりを出禁になっていないのはありがたいと思った。その後すぐに、この優しさは全員が創価学会に入っているから生まれるものかもしれないと思い直して沈痛な面持ちになった。

 母の実家に着く。なんだかんだで皆が良くしてくれるのは事実だから、別に良いかと思った。母方の祖父は2ヶ月ほど前よりさらに小さくなっていて、父方の祖母とハムスター(2代目)が死ぬ前のことを思い出した。父方の祖母は弱り切る前にポックリ逝ってしまったが、ハムスターはボロボロになって死んでしまった。ハムスターほどではないにせよ、かつての父方の祖母以上に弱っていくのは見たくないと思った。それからずっと母の実家で過ごした。昼は崎陽軒の弁当を食べた。父は親戚の子供(7歳)にじゃんけんで3タテを食らってチャーハン弁当を奪われていた。昼の後はずっとドッカンバトルをやっていた。何の意味があるんだろう。帰る前には多少近況を話し合ったりした。この時間が永遠に続けば良いのにと思った。

 母の実家を出る。帰りは少し窓の外の風景を眺めていた。小さい頃とは違う部分が多くあって、永遠は無理だなと思った。それ以外の時間はソレヨリノ前奏詩のEDを聞いていた。さよならは明日の幸せな前奏詩らしいね。

 家に着き、ましろ色シンフォニーの紗凪ルートのコミカライズを読み返す。みんな可愛かった。そのまま寝る。

エロゲOPスクショクイズ(全10問)

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たにぞうです。難しめです。終わりましたら、ぜひ成績をコメント欄に書いていってください。

 

<問題>

 

1.

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2.
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3.
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4.
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5.
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6.
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7.
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8.
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9.

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10.

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<解答>

1. トリノライン

2. いきなりあなたに恋している

3. 星空へ架かる橋

4. グリザイアの迷宮

5. 9-nine- ここのつここのかここのいろ

6. 黄昏のシンセミア

7. pieces/揺り籠のカナリア

8. 失われた未来を求めて

9. 信天翁航海録

10. アマツツミ

『サクラノ刻』感想(ヤバめのネタバレはなし)

 たにぞうです。書かなきゃ書かなきゃと何度も言っておいてしばらく何も書いていなかったので、書きました。大抵の人はお分かりかとは思いますが、サクラノ詩の続きですから、そこらへんのネタバレをうっかりしてしまっていたとしてもお怒りの声は受け付けません。

 

 まず簡単に全体の感想を言ってしまうと、まあまあいいんじゃないかという感じになります。ただまあ、前作の内容が内容ですから、人によってはブチギレる可能性も全然あります。

 

 ほとんどの方が気にしているであろうシナリオですが、章ごとに評価が大きく変わるだろうなと感じました。ある程度仕方ない部分があるとは言え、前作のキャラの扱いに関しては引っかかる部分もありますし、どうもチグハグに感じられる部分が多かったように思います。まあ色々言いましたが、全体的に読めるクオリティだと思います。前作に続いてたくさんの引用がなされるわけですが、やはり異なる時代のものを大量に持ってきて一つのものにまとめるということがよくできていると感じました。ドラマCDとか小説は持ってないので知りません。とりあえずⅣ章は神です。

 

 キャラクターは前作とほぼ同じですから、そこに関して言うことはあまりありませんね。新キャラには変な金髪のおっさんがいるんですが、彼が既存のキャラ含め最も面白く、味わい深いと感じました。ついでに、前作から楽しみにしていた方にこのことを伝えるのは心苦しいんですが、生徒は誰一人攻略できません。なんか生えてきた違う学校の生徒は攻略できます。なにこれ。

 

 絵はヤバいです。ちょっと引くレベルのクオリティのCGをバンバン出してきて興奮しっぱなしでした。だからこそ、せっかくの差分が活かされる場面が不足していたことには些かの不満を覚えます。絵画の良し悪しは分かりません。

 

 音楽もヤバいです。てか松本文紀がヤバくないはずがないんだよな。お気に入りは『Mon Panache!』です。

 

 UIはかなり改善されています。少なくとも今作において私がUIに不満を覚えたことはないと言っていいでしょう。

 

 演出も豊富な差分を活かした素晴らしいものだと思います。ただ、非常に動的なものになっているため、くどいと感じる人もいるかもしれません。

 

 値段は可愛くありません。そこそこ新しくてボリュームもあるのですから、買いたいならパッと買ってしまいましょう。それと、どの作品にも言えることですが、体験版はプレイしましょう。ちなみに体験版はめちゃくちゃ面白かったです。体験版プレイ前でも後でも、何か質問あればどうぞ。たにぞうでした。

デビルバットゴーストに失敗して腹部が【0,,0】 グロ総合スレ Part99 【0,,0】になってしまった

 たにぞうです。オタクと言えどいつまでも部屋にこもってばかりいるのが良いことであるはずはなく、当然体を動かす必要はあるわけです。そんなわけで今日はアメフトをやってきました。

 

 最近は筋トレを除いて全く体を動かすということをしておらず、カチカチの身体で挑んだわけですが、まあこれが大惨事。今日参加したのは正確にはフラッグフットボールというもので、パスを受け取ったら回さずにそのまま走ってラインを目指すというルール(のはず)です。

 

 はじめは緩めに楽しんでいましたが、そこはやはりオタクの男の子ということで、どんどん盛り上がってアイシールド21の技も出したくなってしまうわけです。アイシールド21と言えばたくさんの技が浮かびますが、俺は主人公ですから当然デビルバットゴーストを選びました。

 

 結果血だるまになりました。デビルバットゴーストはフェイント技ですから、相手が迫ってきていないと意味がありません。しかし、私は初心者で碌に知識も技能もありません。そんな人間がいきなりフェイントなんぞやるとどうなるかというと、まあ当然転ぶわけです。

 

 怪我の対策として長袖を着ているから大丈夫だろうとたかを括っていましたが、転んで地面に接した際に服が捲れ上がり、乙女の柔肌は砂に削り取られていきました。痛みはほぼありませんが、妙な感覚が残るのはあまり気持ちがいいものではありませんね。

 

 結局何が言いたいかというと、スポーツ漫画の技の真似なんてするなということです。プロのサッカー選手ですらキャプテン翼の技を真似しようとして怪我をしているんですから、素人がそんなことをしてはいけないんです。

 

 確かに、どうしてオレはデビルバッドゴーストなんてやってしまったんだろうな?

 

                     〜完〜

ビジュアルノベルにおける立ち絵切り替えのタイミングについて

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 たにぞうです。『サクラノ詩』の内容を振り返っていたら少し引っかかる部分がありましたので、ここに書き残しておくことにしました。核心に迫る内容ではないと思いますが、サクラノ詩をまだプレイしていなくて少しの情報も入れたくないという方はこの記事を閉じて早くプレイしてきてください。

 タイトルで言っていますが、今回私が気になったのは立ち絵を切り替えるタイミングです。『サクラノ詩』の終盤には直哉がトーマスの顔面をぶん殴るシーンがあり、そこでは専用の立ち絵が使われるなどしていてかなり力が入っているのが見て取れるんですが、立ち絵を切り替えるタイミングが少し遅いのではないかと感じた部分がありました。

 状況としては、直哉がトーマスを殴ったあとの話になります。直哉はトーマスを殴るタイミングでは、パンチを繰り出す直哉と殴られるトーマスの立ち絵が表示されるのですが、トーマスが消えた後も直哉はパンチを繰り出す立ち絵のままであり、そのまま喋り続けるというのは少なくとも私の目にはなかなかシュールに映りました。文脈を汲んで考えればあの場面はギャグの要素も含んでいますから、明確に間違っていると言うつもりはありませんが、シュール方向で来る意味はあったのかという疑問は残るというのが正直なところです。

 逆に、上手く活用すれば面白いギャグをやることもできるということになります。どうしてもメタネタが絡みやすくはなるでしょうが、そこはまあ力量次第ですね。ただ、この手法が仮にメジャーになった場合、バグと見分けがつかなくなる可能性があります(万が一にもメジャーになることはありませんが)。

 考えたことは以上です。こういったやり方を成功させているゲームがあればコメントで教えていただければ嬉しいです。ありがとうございました。